庭そのものに歴史があるかどうかといえば、これは難しいことである。
庭というものは根底としては人間が「意図的に」作り出す自然物を対象とした空間であり、となれば、石ひとつ故意に動かしただけで、それは「庭」となってしまう。
また、歴史的に見ても「ここから庭がはじまった」という文献は残ってはいない。
しかし、何を持ってしてそれを「庭」と呼ぶのか定義がない中で、あきらかに「庭」としての意図で作り出された歴史的遺跡も少なくはない。
それは力の象徴であったり、癒しとしての用途であったりする。
各国の文化にみても、やはり独自の「庭」に対する視点があり、特にわが国日本の庭に対する考え方は執拗なほど深い。
どの国を見てもここまで「庭」に対する特異な考え方を持った民族はないのではないか。
日本庭園は、配置する自然物、位置などこと細かく決まっていることがある。
構成としては池を中心にして、土地の起伏を生かすか、築山を築いて、庭石や草木を配し、四季折々に鑑賞できる景色を造るのが一般的である。
また宗教的な観点から見ても、「庭」は精神世界を象徴するものとして捉えられてきた。
白砂を敷いて水を表現する「枯山水」や「猪おどし」など、日本人の繊細な感性が垣間見れる表現方法が日本庭園には数多く含まれている。